第8回「フランス食べ歩き紀行」

 「インスタントヌードルを食べよう!」

フランスにいたころ、僕は大学に通いながら雑貨屋でアルバイトをしていた。昼休憩はお客が途切れた14時くらいから30分。マメな人は家で作ってきたサンドイッチなんかを持って来ていたけれど、怠惰な僕は近くのスーパーで買い食いをしていた。選択肢は日本よりもだいぶ少ない。弁当なんてないし、かといってサラダで満足できるほど上品な胃袋ではない。カップヌードルのバリエーションがあるわけでもない。そんなときにお世話になったのが「パスタボックス(Pasta Box)」(ソデボ社)である。

日本のコンビニでパスタといえば、そのまま食べられるような状態のものを想い描くだろうが、こちらではあまりメジャーではない。そんななかパスタボックスは900ワットの電子レンジ2分で作れるお手軽パスタである。容器は縦長の紙製で、ハリウッドなんかでよく見かけたチャイニーズ・エクスプレス的な箱――ただし今風のデザインの――に入っている。チーズソース、トマトソース、サーモン、ほうれん草チーズ、カルボナーラ……といったバリエーション。労働でお腹がすいている僕はカルボナーラをチョイス。付属の二つ折りフォークでいただきましょう!

肝心の味はといえば、うん、いける。想像したよりもコシはあるし、ソースもびちゃびちゃではない。カルボナーラらしいチーズのこってり感と、しっかりついた塩味とコクがボリュームを増している。これは日本のコンビニパスタに勝るとも劣らないんじゃないかな。食品輸入業者さん、日本でもいかがでしょうか。おしゃれだし結構売れると思うんだけど。

さて、おいしいお昼ご飯はいっときのパラダイス。食べ終わってインスタントコーヒーを飲んだら、午後のために気合を入れ直す。すぐ次の仕事が待っている。お客様にはつねに、いらっしゃいませと笑顔を作らなければいけないのだ。

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パスタボックスの話はこれくらいにして、以下では家で作るラーメンの事情について書いてみたい。フランスでインスタントラーメンといえば、「辛ラーメン」などの韓国系や謎の東南アジア系ブランドがわりと多かったように思う。日本のラインナップを期待する人は面食らうだろう。袋ラーメンはといえば、少し高いが日本系食料品店に行けば「一平ちゃん」や「サッポロ一番」なんかも手に入る。ただし、新作ラーメンが欲しい人は日本から送ってもらわなければならない。

あるとき、日本からはるばる訪ねてきてくれた友達が不敵な笑みを浮かべ、お土産があるんだと言った。なんだろうとわくわくしながら待っていると、彼がスーツケースから取り出したのは、なんと一揃いの「マルちゃん正麺」であった。値段のわりにスペースも取るだろうし、なによりそれを日本から選んで買ってきてくれた彼の心遣いに感動してしまった。(海外に住む友人にプレゼントをする場合には、こういう日本ではおなじみの食べ物をおすすめします。ほんとうに)。

白菜や豚肉スライスなんて近くのスーパーにはないので、固いキャベツと鶏肉をがさつに炒め、鍋で煮た麺と合わせる。見た目は悪いが、僕にとってはステーキやフォアグラなんかよりもうれしいごちそうだ。麺をすすりながら、あーこれこれと日本のことをドバっと思い出す。帰ったらあのラーメンを食べよう、いやこっちのラーメンが先だ、なんてつかの間のホームシックに浸ってしまう。結局、麺ひと玉では足りなくなって、残り汁のなかに冷ご飯を入れて即席の雑炊にする。あまり上品な食べ方ではないのだろうけれど、これがまたうまい。こうして余分なカロリーを摂取しながら、僕は健康志向の世の中にささやかな反抗を試みていたのであった。

この記事を書いた人
松葉 類

大学講師。専門は現代フランス哲学。 共著に『現代フランス哲学入門』(勁草書房)、訳書にF・ビュルガ著『猫たち』(法政大学出版局)、M・アバンスール著『国家に抗するデモクラシー』(法政大学出版局)がある。

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