第1回 「EL CHANKO〜DJ Aicongaの音楽雑記」

ご当地Despacito

私は関西でラテンDJをしています。DJというか、選曲家とでも言いましょうか。クラブやバー、カフェなどのイベントで、中南米またはスペインのレコードやCDをプレイするお仕事です。

 このコラムでは、私が魅了されているスペイン語圏の音楽を探求する中で出会ったものや感じたことなどを、綴っていきたいと思っています。少しでも皆さんの音楽生活のスパイスになれば幸いです。

 さて先日、居酒屋で酎ハイを飲みながらモツ煮をつついていた時のこと。それまでJ-popばかり流していた万人向けチャンネルから突如スペイン語の歌が流れてきました。

 曲は、Pitbull Ft.Sensato & Osmani Garciaの「El Taxi」。5年ほど前にリリースされたレゲトンチューンで、Chaka Demus&Pliersというジャマイカのレゲエデュオによる「Murder She Wrote」をスペイン語でカバーしたもの。若いラティーノにはお馴染みの一曲で、私もよくDJでプレイしています。

 また、すっかりレゲトンアーティストとなったEnrique Igresiasがスペイン色を濃厚に打ち出した「Bailando」もここ数年のクラブやバーではよく耳にしました。

このように日本でもレゲトンはすでにポップスの一ジャンルとして認識されているようです。

そのきっかけは間違いなく、Louis FonsiとDaddy Yankeeによるヒット曲「Despacito」でしょう。

 同曲は、

プエルトリコのビーチパーティを想起させる爽やかなPVはもちろん、哀愁漂うギターをフューチャーした繊細で心地よい音作りが「大人のレゲトン」として、若年層を超えて幅広いリスナーに受け入れられました。

 その影響力の大きさから、Justin Bieberや日本人シンガーのTeeをはじめ、世界各地のミュージシャンがそれぞれのカバー版「Despacito」をYoutube上にアップし始めました。これがなかなか面白いことになっているので、いくつか紹介します。

 まず、個人的に最優秀アレンジだと思っているのが、ケニアの男性シンガーデュオ、High pitch bandによるバージョンです。同国の山岳地で話されているメル語というあまり聞き慣れない言語で歌っているのですが、ブラックミュージック独特の間の取り方とメル語の滑らかでリズミカルな語感が、メロディをより美しく際立たせています。

 さらにアフリカ音楽特有のコーラスから生まれるセクシーさは、アフロカリビアンのダンスミュージックであるズーク(※)にも通ずるものを感じます。このバージョンは、正直「原曲より良いやん…」と何度もリピートしてしまいました。今度クラブでもプレイしてみようかと思っています。※ズーク(Zouk)=80年代にカリブ海に浮かぶ小アンティル諸島で生まれた音楽。フランス語圏全般で人気。

 そのズークの本場といえばハイチです。 「Despacito」のヘイシャンバージョンもいくつかアップされていますが、中でもお気に入りなのが、Alize&Paul Papiというアーティストがハイチ・クレオール語で歌っているもの。非常にアフロ色の濃いリズムの取り方と美しく重ねられたコーラスは、やはり前述のケニアバージョンとよく似ていて聞き惚れてしまいます。加えて、レゲエ色がぐっと強くなる中盤のラップ部分からはカリブ海独特のグルーヴも感じることができます。

 最後に、アラブ圏で人気を博しているのが米国在住レバノン人シンガー、Wajdi Kassasがアラビア語でカバーしたものです。

 時おり鳴るダルブッカ(※)とアラブ独特の節回しが、原曲とは異なるエキゾチックな情緒を放っています。

 この曲のPVは魚屋がセクシーな女性に恋をするというラブストーリーになっていて、曲中では魚屋の男性が何度も切なそうに「Despacito」と歌っているのですが、なぜかずっと魚のウロコを取ったり蟹を売ったりしているシーンが続き、原曲の歌詞の内容とはかけ離れたちぐはぐさにちょっと笑ってしまいます。

※ダルブッカ=中東を代表する太鼓

 もちろんスペイン語圏内でも、ペルーの国民的グループHermanos Yaipénによるクンビアバージョン、米国のシンガーVictor Manuelleによるサルサバージョンなど、当地Despacitoの波は広がっています。

 他にも、ヒンディー語やポルトガル語、中国語、タガログ語、スワヒリ語、アムハラ語など、紹介しきれないほどの「Despacito」がYoutube上に存在しますので、ぜひチェックしてみてください。

 このように、ひとつの楽曲が言語や人種を超えて世界中に広がっているという現象は、ラテン音楽を愛する者としては嬉しい限りです。

 これからも、スペイン語圏のポップでディープな音楽たちを様々なテーマで紹介していきたいと思いますので、ぜひともお付き合いください。

この記事を書いた人
Aiconga

京都外国語大学イスパニア語学科卒。 20代前半でキューバへ渡りパーカッションの修行を積む。以来、パーカッショニストとして活動しつつ、ラテン音楽やアフリカ音楽を中心としたDJ活動をスタート。京都のBarビバラムジカにて、ラテンパーティ「Our Latin Way」を毎月第三土曜に開催中。